高度経済成長期に投入され、一躍地下鉄の顔となった30系... しかし、1990年代に入ると、非冷房車だったことと更新が差し迫っていたことから、一挙に新20系列への置き換えを開始.結果、冷房化改造された一部の車両を除き、1996年までに谷町線を除く各サードレール線区から撤退.谷町線に"新30系"と呼ばれる後期製造グループの車両のみが残留し、その後も活躍を続けてきました.2000年代に入っても、引き続きその活躍は続きましたが、車齢が増すことによって老朽化が進行.当時、2008年に大阪オリンピックの誘致を行っていたことから、後に最後の抵抗制御車となった30系は、早い段階から置き換えに関する問題が懸案となっていました.

30系の置き換えが迫る中、交通局側では30000系の投入計画へと動きました.しかし、大阪オリンピックへの誘致が失敗した上、折りしもの財政難によって、実際の投入までには時間を要します.そうした中でも30系は着実に車齢を増し続け、置き換えまでの猶予は刻一刻と無くなりつつありました.そうした中、2007年になってようやく30000系製造への動きへと着手.この年の6月下旬に、入札に向けた情報が公開されることとなります.
2007年6月に入札が公表.7月の末には入札の結果が落札され、結果は車体の製造が近畿車輛に決定.その他の案件も次々と決定し、価格のほうは最終的に1億2000万円ほど(1両あたり)となりました.その後、しばらくの間は大きな動きが無く、30系については一部の車両に修繕が入るなどの最小限の延命作業が行われ、2008年の秋を迎えます.9月の下旬に入ると、30000系の鋼体が一部完成.近畿車輛内の試験線に姿を現すようになり、10月中旬に森之宮へ順次搬入.半年近くに及ぶ試運転などを経て、2009年3月に営業運転を開始しました.

で き ご と

2007

6

21

30000系入札の案件が大阪市の入札サイトで公開.

2007

7

27

戸閉装置以外の入札が開札.車体製造は近畿車輛に.

2007

8

31

戸閉装置の入札先が決定.車両価格は総額で約7億円.

2008

9

近畿車輛に鋼体が完成した30000系が出現.

2008

10

15

森之宮検車場への乙種回送が開始.17日までに全車回送.

2008

10

21

30000系投入に関するプレスリリースが発表.

2008

11

5

30000系が車籍に登録.

2008

11

8

市交フェスタにて、30000系のパンフレットが配布.

2008

11

下旬に以後の拠点となる大日検車場への回送を実施.

2008

12

上旬に八尾車庫へ移動.2週間ほどで大日へ返却.

2008

12

16

谷町線内の昼間試運転を開始.以後週1〜2ペースで実施.

2009

1

30

30000系試乗会に関するプレスリリースが発表.

2009

2

上旬に再び八尾車庫へ移動.今回も2週間ほど滞在.

2009

2

25

中央線で昼間試運転を実施.翌日までに再び大日へ回送.

2009

2

25

30000系試乗会の当選通知が発送.倍率は約45倍.

2009

3

10

谷町線で関係者向けの試乗会を実施.

2009

3

15

中央線で試乗会を実施し、コスモスクエアまで客扱い.

2009

3

18

30000系 営業運転開始!!

部 品

価格(円)

入 札 先

制御装置

93,000,000

三菱電機

低圧電源装置

32,600,000

東洋電機製造

案内モニタ装置

37,600,000

交通電業社

ATC車上装置

17,000,000

三菱電機

空気制御装置

58,000,000

三菱電機

冷房装置

37,500,000

東芝

戸閉装置

13,206,000

ナブテスコ

主電動機

24,360,000

住友商事

車体製作・艤装

394,000,000

近畿車輛

合 計

707,266,000

1両あたりの価格

117,877,667