No.63 保存車現況報告in浜寺公園 2012(13.03.24掲載)

大阪市電として活躍していた車両のうち、緑木・森之宮の両検車場以外にも保存車が存在しており、高石市にある浜寺公園交通遊園には元・モ1601形1639号車が2001年より保存されています.

この1639は市電全廃直前の1967年に南海電気鉄道へ譲渡.南海電鉄ではモ121形130号車として営業運転入りし、分社化に伴う阪堺電気軌道への譲渡・団体専用列車への改造を経て2000年に廃車.

阪堺モ121形として保存が行われている関係で、外観・内装ともに移籍後の姿となっていることから、市電時代の面影をほとんど残していない状態での保存が大きな特徴となっています.

浜寺公園交通遊園内で静態保存されている1639号車です.外観については南海電鉄の軌道線用車両に準じたものに手が加えられており、阪堺での廃車時とほぼ同じ姿のままで保存.塗装のほうは現役時代に塗装実績の無かった青色の雲塗装で当初保存されていましたが、2010年に南海標準色へ塗装変更を実施.5年に1度のペースで塗装の塗り替えが行われているものの、野外にそのまま留置されていることと海岸に近い立地環境が影響してか、雨どいなど外板の腐食が進行している状態となっています.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

台車の様子です.南海電鉄譲渡時に台車を南海モ101形の廃車発生品に交換された関係で、市電時代と異なる台車を履いた状態で保存.また、譲渡の際に取り外された市交時代の台車については南海モ205形に転用されており、一部の車両は市電の台車を履いた状態のまま各地で静態保存が行われています.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

1639号車の脇に設置されている展示案内です.保存開始時に塗装されていた青色雲塗装を模したデザインが施されており、南海・阪堺時代の車番や晩年は団体専用列車として活躍していた旨が書かれていましたが、大阪市電時代の来歴などは一切触れられておらず、文面からは元市電の車両と判断できない説明書きとなっていました.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

車内の様子です.車内については阪堺時代の1994年に団体専用列車として改造された際にテーブルの取り付けなどの大きな改造が行われ、保存開始から10年以上が経過した現在も廃車時の姿を保った状態で保存.座席端のポールや乗降扉を除いては市電時代の面影をほとんど残しておらず、外観と同じく市電の車両としての面影を探すことが難しい状態となっています.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

浜寺公園方の運転席付近の様子です.後扉のほうは市電時代にすでに封鎖改造が行われており、南海電鉄への譲渡後も後扉があった場所には立席スペースとして活用されていましたが、団体専用列車に改造された際に浜寺公園方の後扉付近にのみ座ったまま前面展望ができる座席とテーブルの取り付けを実施.交通遊園へと居を移した今でも団体専用車時代の面影を伝え続けています.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

側窓と鎧戸の様子です.窓や鎧戸については当初自由に開閉できる状態で保存されていましたが、老朽化や腐食の進行に伴い一部の窓ガラスがアクリル製のカバーへ交換されたほか、窓や鎧戸は固定器具により自由に動かすことができないようになっています.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

海側(阪堺時代)の中扉です.団体専用列車に改造された後は陸側の中扉でしか客扱いを行ってこなかったためか、改造の際に取り付けられたとみられる段差を封鎖した跡が現在もそのまま残されており、団体専用列車時代の車両運用を偲ぶ遺構のひとつとなっています.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

浜寺公園方の運転席です.マイクなど一部の機器は保存開始時に取り外しが行われ、その後も老朽化対策などによりマスコンの固定化など保全処置が施されているほか、恵美須町方の運転席のほうでは保存当初は取り付けられていたマスコンが撤去されるなど、現役時代を偲ぶ道具類が年々減っていく状況となっています.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

方向幕の搭載面です.1639号車の方向幕は譲渡時に一度撤去されたのち改めて取り付けが行われ、行先については阪堺時代の車両の向きに合わせて、西向きの方向幕は「浜寺公園」、東向きの方向幕は「えびす町」の幕をそれぞれ掲出した状態で保存されていますが、幕自体は保存開始の際に撤去されており、方向幕から切り抜いたラミネート板を直接埋め込む形で行先の掲出が行われていました.
12.08.25 / 浜寺公園交通遊園

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